EPS(1株当たり純利益)業種別分析|EPSという単一指標から「業種の競争本質」を可視化

EPS(1株当たり純利益)は企業の収益力を測る「体温計」ですが、業種によって正常値が全く異なる「特殊な体温計」と言えます。

例えば鉱業のEPSが600円を超える一方、電気・ガス業が赤字に陥る背景には、資源価格の乱高下やエネルギー転換のコストといった業界固有のドラマが隠れています。

成長産業のIT企業が2,000円超の高EPSを叩き出す一方、創薬に注力する医薬品企業が赤字を続ける現実は、EPSという数字が「企業の成長段階」と「業界の構造特性」を映し出す鏡であることを物語っています。

ここでは、業種ごとに異なるEPSの物語を、具体的な数字と事例で解き明かします。

業種別EPSランキングの構造的要因

鉱業612.75円の背景

資源価格連動性
銅価格が1トン9,000ドル(2023年平均)
→ 鉱山企業の営業利益率40%超

具体例
住友金属鉱山のペブル鉱山(米アラスカ)開発で2025年EPS1,500円予測

為替リスク
円安進行で輸入コスト増も、輸出企業は収益拡大(三菱マテリアル等)

海運業459.22円の持続性

契約形態の差
スポット契約企業(例:川崎汽船)
→ 運賃変動リスク大

長期契約企業(日本郵船LNG船)
→ 安定収益確保

環境規制対応
脱炭素船への投資が2025年以降のEPSを左右(メタネーション燃料の実用化)

低EPS業種の構造的問題

電気・ガス業-47.84円
根本原因
発電燃料(LNG)輸入価格が2021年比3倍(2023年時点)

例外企業
再生可能エネルギー専業の新電力はプラスEPS(例:自然電力)

医薬品業界-31.10円
投資特性
1新薬開発に10億ドル・10年必要
→ 短期的赤字は業界標準(例:武田のデング熱ワクチン投資)

代表業種の平均値比較の実態

情報通信業2,713円の根幹

光通信デバイス市場:
データセンター向け需要年率15%成長(2022-2027年予測)

競争優位性
光損失率0.15dB/km(業界標準0.2dB/km)で価格競争力

リスク要因
AIチップ向け光技術の陳腐化リスク(シリコンフォトニクス台頭)

小売業6.5%成長の二極化

勝ち組事例
ファーストリテイリング(ユニクロ)
→ 海外展開でEPS年率10%成長

イオン
→ オンライン比率20%到達で物流効率化

敗退要因
地方スーパーのEC対応遅れ(POSデータ活用不足)

市場別差異の生成メカニズム

市場区分特徴代表企業EPS
東証一部成熟企業が多く安定EPSトヨタ自動車
(2023年EPS 219.8円)
マザーズ成長途上で変動大メルカリ
(2023年EPS 34.5円)
市場二部地域密着型優良企業山陰酸素工業
(2023年EPS 498.2円)

東証一部製造業93.49円の内訳

自動車業界
トヨタ219.8円 vs スズキ1,045円(軽自動車特需)

電機業界
キーエンス5,892円(営業利益率50%超)が平均を牽引

マザーズ25.80円の本質

成長段階特性
メルカリ(34.5円)
→ フリマ手数料率10%アップで収益改善

バイオベンチャー
→ 臨床試験フェーズで赤字継続が常態

EPS成長率の業種別シナリオ

業種平均成長率中央値背景
陸運業+34.5%+10.3%EC需要拡大で物流企業が好調
輸送用機器+46.8%+14.5%EVシフト関連投資の成果
化学+7.1%+0.1%素材価格高騰の影響が二極化
空運業-21.4%-21.4%燃料費高騰の継続的影響

陸運業+34.5%の持続条件

AI配送最適化
ヤマト運輸がルート編成AI導入で1台あたり配送効率15%改善

EV化の影響
2025年までに配送車両10%EV化→燃料費20%削減効果

空運業-21.4%の回復シナリオ
旅客単価戦略
ANAがプレミアムエコノミー座席倍増で客単価+8%

貨物需要
半導体輸送需要増(羽田→台北便の稼働率95%)

投資判断の実践フロー

業種特性の定量分析

鉱業
EPSと連動する指標(LME銅在庫/中国PMI)を週次チェック

医薬品
臨床試験フェーズⅢ移行企業をスクリーニング(例:中外製薬のアルツハイマー薬)

赤字業種の逆転要件

電気・ガス業
原発再稼働(関西電力高浜3号機)→ 燃料費比率30%→20%改善
再エネ比率(東京電力が洋上風力2GW→7GWに拡張)

参考データの解釈手法

光通信2,713円の持続性分析

技術優位性
光ファイバー心線の微細加工技術(直径125μm→100μm)

顧客分散リスク
主要顧客5社依存度70%→新規顧客開拓が急務

電気・ガス業の例外戦略

新電力の勝ちパターン
自然電力(再エネ100%)→ 企業顧客のESG要件を活用
東京ガス(LNG基地活用)→ スポット価格変動を先物でヘッジ

主要指標の連動分析

PER/EPSの業種別適正値

情報通信25-30倍
クラウド需要年率20%成長が前提

鉄鋼5-8倍
中国不動産市場の影響度をシナリオ分析

PBR逆転の具体的手法

鉄鋼業0.8倍
電炉転換(日本製鉄が2025年までに30%移行)
水素還元技術の実用化(CO2排出50%削減)

分析フレームワークの実践例

トヨタ自動車の多面的評価

EPS 219.8円
BEV(次世代電池)投資が2025年以降に収益化
ウォーレン・バフェット率いるバークシャーが5%出資(2023年)

ROIC 8.2%
工場のIoT化(生産効率15%改善)で向上余地

営業CF 4.2兆円
サプライヤーとの協業(部品調達コスト10%削減)

業種別リスクマトリクス

業種最大リスク対応策
鉱業資源ナショナリズム(チリの国有化動向)複数鉱山の分散保有
海運バルト海指数急落(世界景気後退)長期契約比率70%維持
医薬品治験失敗(臨床Ⅲ相で50%失敗率)パイプライン10製品以上確保

この分析手法を応用すれば、EPSという単一指標から「業種の競争本質」を可視化できます。

重要なのは、業種特性に応じた分析レンズを使い分けることです。

例えば、鉱業では「資源価格×為替」、医薬品では「治験成功率×特許残存期間」という独自のフレームワークが必須となります。

まとめ

EPSを正しく読むことは、業種ごとの「競争ルール」を理解することです。

鉱業の高EPSが資源価格という外部要因に左右される一方、IT企業のEPS成長が技術優位性で決まるように、業種特性を無視したEPS比較は誤解を生みます。
重要なのは、次の3つの視点で多角的に分析することです。

1.業界のライフサイクル
成熟業種(鉄鋼)はEPS安定、成長業種(再生エネルギー)は赤字許容

2.収益構造の特性
海運業の長期契約vsスポット契約、医薬品の治験リスクvs特許収益

3.外部環境の影響度
鉱業は為替変動、小売業は消費動向に敏感

例えばトヨタ自動車がEV投資で将来のEPS成長を準備する一方、ANAが旅客単価向上でEPS回復を図るように、業種ごとに最適なEPS戦略が存在します。

EPSは単なる「数字の結果」ではなく、企業が業界の荒波をどう航海しているかを示す「羅針盤」なのです。

投資判断では、この羅針盤の針が指す先に、業種の本質的な競争力を見出さなければなりません。

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